
弁護士 米澤 弘朗
奈良弁護士会
この記事の執筆者:弁護士 米澤 弘朗
徳島県出身。大阪市立大学経済学部、大阪大学高等司法研究科を卒業し、わかくさ法律事務所に入所。奈良弁護士会子どもの権利委員会委員長や奈良青年会議所理事長などを務める。
近年、働き方改革の影響もあり、「残業代の適切な支払い」への社会的関心が高まっています。企業が正確に残業代を支払っていない場合、労働者からの請求が訴訟や労基署による調査に発展し、社会的信用の失墜や高額な支払い義務が生じるおそれがあります。
このコラムでは、残業代をめぐる典型的な問題点、企業と労働者が取るべき予防策、法的な対応方法などを解説いたします。労使双方にとって、公正で透明性のある労働環境を実現するために、ぜひ参考にしていただければと思います。
目次
残業代とは何か?
残業代とは、法定の労働時間(1日8時間、週40時間)を超えて働いた時間に対して支払われる割増賃金です。労働基準法では、以下のような割増率が定められています。
- 時間外労働:25%以上
- 深夜労働(22時~翌5時):25%以上
- 休日労働(法定休日):35%以上
- 時間外+深夜労働:50%以上
- 休日+深夜労働:60%以上
未払残業代が発生する主な原因
未払い残業代が発生する背景には、企業側の知識不足や管理体制の不備、あるいは意図的な不正処理など、さまざまな要因が存在します。典型的な原因を以下に示します。
労働時間の管理不備
タイムカードの未導入や実労働時間の記録不備があると、残業代の計算が適正に行われません。みなし労働時間制・裁量労働制の誤適用や、実際には休憩できない休憩時間の扱いも問題になります。
名ばかり管理職の問題
「管理監督者」に該当しないにもかかわらず、その名目で残業代を支払わない例があります。該当性は職務内容や勤務裁量、待遇などを踏まえ総合的に判断され、形式的な肩書きだけでは認められません。なお、管理監督者にも深夜割増賃金は必要です。
時間外申請が未承認の場合
事前申請がないことを理由に残業代を支払わない企業もありますが、実際に業務命令等で労働が行われていた場合は、支払い義務が生じます。
企業がとるべき予防策
未払い残業代の問題は、企業にとって重大なリスクです。残業代は3年前にまでさかのぼって請求可能であり、場合によっては数百万円~数千万円の支払いが命じられることもあります。以下のような対策が有効です。
労働時間の管理の徹底
ICカードや勤怠システムを用いた正確な労働時間の把握が不可欠です。始業・終業時刻だけでなく、休憩時間や中抜け時間の記録も正確に行うようにしましょう。
就業規則・賃金規定の見直し
残業の定義や手当の計算方法が曖昧だと、トラブルに発展するリスクがあります。就業規則と賃金規程を見直し、労働者への説明を十分に行うことが必要です。
管理職の適正な分類
名ばかり管理職とならないよう、労働者の職務内容や裁量の程度を精査し、形式ではなく実質で判断しましょう。
時間外労働の事前承認制度
無制限な残業を防止するためには、事前の残業申請・承認を義務づける制度が有効です。ただし、実際に働いていた時間の記録がある場合、事後でも支払い義務は発生することに注意が必要です。
専門家と連携した労務監査
定期的に労働条件や賃金制度の法令適合性をチェックすることで、将来的な法的リスクを回避できます。外部の専門家と連携することで、第三者の視点による問題点の洗い出しも可能です。
労働者が知っておくべきポイント
労働者は、自身の労働時間や勤務状況を日々把握し、必要に応じて記録を保管しておくことが重要です。また、違和感や不明点があれば、上司や専門家への相談を早めに行うことがトラブル回避につながります。
まとめ
残業代の問題は、労働者の生活に直結する非常に重要なテーマです。そして、企業にとっても、適切な対応を怠れば、経済的損失のみならず信用失墜という経営上重大な影響を与える原因にもなります。
企業と労働者の双方が、労働時間管理や割増賃金制度について正確な知識を持ち、制度の運用に透明性と公正性を確保することが、未払い残業代トラブルを未然に防ぐ鍵となります。
特に企業側は、「残業代を払わなくて済む仕組み」ではなく、「正しく支払うための仕組み」を整える視点が求められます。制度の誤用や放置が後に大きな負担となることを認識し、継続的な見直しと改善を行う姿勢が重要です。
一方、労働者も自らの働き方や勤務記録を正確に把握し、必要に応じて声を上げることが、健全な労働環境を築く第一歩となります。
早期の専門家相談や冷静な対応が円満解決につながります。当事務所では、残業代に関するトラブルのサポートを行っておりますので、お気軽にご相談ください。